「安室ちゃん」の意味が変わった。

サミットと言えばまず安室奈美恵を思い出すくらい政治的関心のない私だが、彼女は今年39歳になるという。しかしますます「安室ちゃん」である。

彼女はデビュー当時から「安室ちゃん」と呼ばれていたわけだが、その愛称にこめられた意味が一度変わっている珍しいアーティストだ。

小室哲哉プロデュースによる「歌って踊れる顔の小さい女の子」だったときの「安室ちゃん」はまさにアイドルであり、音楽番組やバラエティ番組にも出演しては愛らしい笑顔を見せ、ファッションアイコンとして「アムラー」と呼ばれるギャル文化の先駆けを作っていた。

ただアイドルとは言え、当時から女性ファンをかなり意識した楽曲、ファッション、立ち居振る舞いではあり、「安室ちゃん」という愛称もきっと女性が呼びはじめたであろうし、また女性が呼んだ方がしっくりくるものであった。

だが安室奈美恵は2001年以降小室哲哉プロデュースを離れ、アイドルから自身の志向を色濃く反映した路線へと自らの舵を切った。

そう至るにどのような過程があったかは当然分からないし、彼女のプライベートからの推論は控えるべきだが、事実として楽曲からファッション、そして立ち居振る舞いが大きく変わった。

しかし顔の見えるプロデューサーの手を離れることにより、安室奈美恵はいっそうアイコン化した。それは簡単なことではない、大物プロデューサーから離れていったアーティストは他にもたくさんいるが、自身についてしまった色からの脱却や、露呈する自らのセンスを磨くことやそれに対する力みが見透かされないようにするには苦労があるはずだからだ。

だが安室奈美恵はむしろその才能を抑えつけられていたかのように即座に新しい「安室ちゃん」を解放した。渋谷で買った厚底ブーツからルブタンのヒール、黒く焼けた肌から年齢を感じさせない美肌、そして何より歌う内容も毎日への怒りや未来への未熟さから、毎日への愛おしさや未来への希望へ。

これらはかなり強引な変化のように思えたが、ファンはついてきた。何故なら以前のファンたちも大人になっていたからだ。

安室自身この変化を20代半ばで迎えているが、彼女のファンのボリュームゾーンである同世代の女性ファンたちも20代半ばで「そろそろアムラーとかじゃないよね、スイートナインティーンブルース終わったし、安室ちゃんの歌とか25歳で聴いてるとかヤバいのかなあ」と思いはじめていたわけである(まさに私の姉がそうだった)。

そこにきてそんな悩める彼女たちの眼前で「安室ちゃん」は強引に変身した。「昔はいろいろあったけど(この感じがけっこう大事)いまは強く、かっこよく、それでいて優しい女性」としてライブでも余計なことは喋らず、時にラッパー、ソウルシンガー、韓国アイドルを従えて歌うのである。戦闘力大幅アップの第二変態を遂げて、再び同世代にとっての理想的な道標になったのだ。

しかし最初から今の安室奈美恵では売れてはいないだろうと思う。冒頭で述べたようにどんなに強く、かっこよくなっても「安室ちゃん」がそうなったことが大事であり、その共有された時間に価値がある。だから彼女は今でも「安室ちゃん」と呼ばれている。昔とは違って、その変化や年月に対する敬意をこめて。

卓球選手の福原愛が未だに「愛ちゃん」と呼ばれるのと同じで、彼女も負けん気が強くワガママなのにチヤホヤされていた幼少期にみんなが心のどこかで「この子いい大人になれるのかな」と勝手に心配していたら見事に素晴らしい選手かつ素晴らしくいい大人になったから、みんな未だに「愛ちゃん」と呼べるのだ。

九州沖縄サミットで安室奈美恵が歌っていた「ネバーエンド」。終わらないためには変わらないといけないとその後の彼女自身が実践している。